千葉地方裁判所 昭和43年(ワ)390号 判決 1969年6月30日
原告
松山龍雄
被告
有ヶ谷平八
主文
被告は原告に対し五八二、六〇〇円および右のうち五二九、六〇〇円に対する昭和四三年九月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を被告の、その余を原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一、申立て
(原告)
1 被告は原告に対し九六九、九〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および右1につき仮執行の宣言。
(被告)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二、請求の原因
一、(本件事故の発生)
原告は、昭和四二年一〇月一日午後四時頃、集金のため自動二輪車ホンダベンリー排気量一二五CC黄二二九四(以下原告車という)を運転して、市川市鬼高町方面から同市平田町方面に向け、時速約三〇粁の速度で、同市南八幡四丁目一六番一一号国鉄本八幡駅前通り市川警察署八幡南警察官派出所前の道路(以下右の原告の進行していた道路を、直線道路という)上にさしかかつたところ、被告の運転する普通乗用車トヨタカローラ多摩五や二三一三(以下被告車という)が右派出所前ガソリンスタンド(原告から見て道路左側)から停車せず直線道路に出て来たため原告車左側面に衝突し、原告は左足関節捻挫、脛骨下端骨折の傷害を蒙つた。
二、(被告の責任)
右事故は、被告が右ガソリンスタンドから直線道路に出るにあたり、一時停止して直線道路の左右の安全を確認しなければならない注意義務があるのにこれを怠り、突然直線道路に飛び出した過失により惹き起こされたものであるから、被告は、民法七〇九条により、原告の後記損害を賠償する責任がある。
三、(原告の損害)
原告は、右事故により次の損害を蒙つた。
1 治療関係費 九、九〇〇円
原告は、前記受傷の治療のため事故発生の同四二年一〇月一日から同年一一月四日まで三五日間市川市南八幡三丁目六番一三号日下部医院に入院し、同月五日から同四三年二月六日まで九四日間(内治療実日数二一日)通院したが全治せず、前記受傷に基づく後遺症により同四三年六月一八日から千葉市亥鼻町三一三番地千葉大学医学部付属病院に通院治療を継続している。
(イ) 日下部医院入院中の付添看護費 七、〇〇〇円
原告は、前記受傷のため入院当初付添看護を必要としたが急であつたため原告の母松山キエに七日間付添看護を受けた。この分としては一日当り一、〇〇〇円計七、〇〇〇円が相当である。
(ロ) 千葉大学医学部付属病院における治療費 二、九〇〇円
原告が右病院で受けた治療の実日数は五日でこれに要した費用は交通費および薬品代を含めて計二、九〇〇円であつた。
2 得べかりし利益 二八〇、〇〇〇円
原告は、牛乳販売業に従事している。右営業の許可は、原告の母松山キエ名義になつているが、実質的な経営者は原告で、主として各家庭に牛乳を配達する寸法で販売している。
原告は、前記受傷により、同四二年一〇月一日から同四三年二月末まで約五箇月間稼働することができなかつた。
右期間原告の代りに、配達経験者である訴外菊地一夫および学生アルバイトである訴外宮田政雄を臨時雇し、菊地に対しては給料一箇月五〇、〇〇〇円計二五〇、〇〇〇円、宮田に対しては一箇月六、〇〇〇円計三〇、〇〇〇円合計二八〇、〇〇〇円を支払つた。
3 慰藉料 五〇〇、〇〇〇円
原告は、前記受傷に基づく後遺症により前記付属病院に通院加療中であり、徐々に軽快中であるが、今なお多少の跛行を残し、長時間の歩行および正座が不可能の状態であり、右後遺症の治療時期は不明である。
また前記稼働不能の期間は、やむなく二名の代替者を雇い入れたが、それでも牛乳配達が十分できず、ために得意先は減少した。原告が稼働を再び始めた後も、前記後遺症の支障のため同様である。
被告は、本件事故直後は、しばしば見舞いに来たが、損害賠償の示談交渉をするや外で会つても顔をそむける態度を示している。
以上のような原告の肉体的精神的苦痛を慰藉するものとしては五〇〇、〇〇〇円が相当である。
4 弁護士費用 一八〇、〇〇〇円
イ 被告は右1ないし3の合計七八九、九〇〇円の損害を原告に賠償すべきところ、被告は、示談交渉にも誠意を示さず、任意にこれを弁済しない。
ロ 原告は、その請求のため同四三年八月一五日第二東京弁護士会所属弁護士岡田豊松に対し訴の提起を委任し、同弁護士会報酬規定の報酬額標準中最低料率による手数料および謝金各一割二分によつて計算した一八〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切捨)を支払う旨口頭で約し、これを負担した。
四、(結論)
よつて、原告は、被告に対し、右損害金九六九、九〇〇円およびこれに対する右損害発生の後である訴状送達の日の翌日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三、答弁
請求原因一の事実中、事故発生の事実、日時、場所、車両、原告の時速、原告が受傷したことを認めるが、被告が停車せずにガソリンスタンドから直線道路に出たことを否認し、その余は不知。
同二の事実中、被告の一時停止不履行を否認するが、被告が右方の安全確認をやや欠いたことを認め、被告の過失責任を認める。
同三の事実中、1の原告が日下部医院に入院および通院したことを認め、その余は不知。
同1の(イ)の付添看護を必要としたことを否認する。その付添看護料として一日一、〇〇〇円を相当とすることは認める。その余は不知。
同1の(ロ)は不知。
同2のうち、原告が牛乳販売業に従事していることを認め、原告が企業主であることを否認する。牛乳販売業は、原告の母親の名義でなされ、原告は主として牛乳の配達外交を担当しているもので、原告の司法警察員に対かる昭和四二年一二月六日付供述調書の職業欄にも「雪印牛乳配達員」と記載されており、(一)、原告が当時ようやく成年に達したこと、(二)、原告の父親は被告との示談交渉に応じていることから対外交渉の能力を十分に有していると考えられること、(三)、毎月五〇、〇〇〇円の給料を受領していることを総合すると、実質上の経営者は、原告の父、母、または同人の弟(従前より牛乳販売業を営み、その援助で原告方が牛乳販売業を営むに至つている)と考えるべきである。従つて原告の得べかりし利益は原告主張のものではない。仮に原告主張の如く訴外人らに臨時雇いの給料の支払責任があるとしても、訴外菊地一夫の給料は、臨時雇いとしては過大である。すなわち牛乳販売業において販売員の給料は、販売量(本数)に応じて定められ、一本につき二円程度に計算されることは、業界においても顕著な事実であり、訴外宮田政雄が一日一四〇本位配達して月六、〇〇〇円というのは高額であり、右菊地の一箇月五〇、〇〇〇円というのは、急を要するとはいえいささか過額である。菊地が自動車を運転して販売するというのは同人がそのことにより多くの仕事が可能であつて収益を多く挙げ得るというだけのことであつて、給料は販売本数に応じて定められるべきであつて、仮に事実五〇、〇〇〇円と定めたとしても、被告の負担すべき相当因果関係の範囲内の損害としては、業界における慣行相当の販売本数に応じた計算方法をもつて算定すべきものである。2のうちその余は不知。
同3のうち、被告がしばしば見舞いに行つたことを認め、外で会つても顔をそむけることを否認する。原告の後遺症は、通常の生活にはさしたる支障がないのであり、入院治療日数、傷害の部位、程度および原告の後記過失を考慮すれば、原告主張の慰藉料額は過大である。
同4のうち、示談交渉に誠意なかつたとの点を否認。原告車は修理可能であつたが、原告において新車に買い換えた(一三五、〇〇〇円)。
第四、抗弁(過失相殺)
一、被告は、ガソリンスタンドから直線道路に出る際、一時停止して左右の安全確認をして進行した。その際被告の進行方向を向いて右方、すなわち原告の進行して来る方向に、駐車している車両があり、被告からは、原告車は、右駐車車両のかげになつて、見えなかつた。
二、原告には過失があつた。
1 原告は、時速約三〇粁で、右駐車車両を避けて、直線道路中央より右側に出て、前方不注視のまま、漫然と進行した点に過失がある。
2 原告は、衝突地点の直前、直線道路の中央より右側を直進して来た点に過失がある。
3 原告車の前方の直線道路中央至近距離に、被告車が時速約一〇ないし一五粁の速度で右道路を横断中であつたのであり、被告車の進行方向は国鉄本八幡駅に通ずる道路(以下駅前通りという)であるから、このような場合、原告は、原告車の道路上の位置、距離関係、道路状況に鑑み、徐行もしくは直線道路左側に避譲して衝突を防止すべき注意義務があつたのにこれを怠つた過失がある。
被告としては、原告車が直線道路中央を右側に越えてそのまま被告車の進行方向に直進することは予想し得なかった。
4 本件事故は、交差点内において発生したものである。本件交差点には、被告車が先に進入した。そのため駅前通りを国鉄本八幡駅方面から来て右折しようとした(被告車の)対向車が前記派出所の前付近で停止して、被告車に進路を譲り、被告車に直進するよう合図をした。それで被告車は前進したのである。被告車が交差点に進入したときには、原告車は、まだ交差点に到達していなかつた。右状況を確認の上被告は徐行して何時でも直ちに停止できる程度の時速一〇ないし一五粁の速度で直線道路中央付近に進んだところ、原告車は、被告車よりも後に同交差点に進入し、その後何らの徐行もせず、漫然時速約三〇粁の速度で、直線道路右側を直進し、被告車の前部に衝突したものである。交差点内における道路交通の信頼状況から考えると、このような原告の動静は、被告の予期を逸するものである。被告としては、むしろ原告車の進路にあたるべき直線道路左側(原告から見て)部分を譲る(明け渡す)目的で、被告車を前進(直線道路の中央部分より(原告から見て)右側に進出)させたのである。原告車直進の事案ではあるが、原告車は、被告車より後の時点に交差点に進入したものであるから、原告において、交差点内前方をよく注視して、被告車を発見した場合、徐行または直線道路左側に避譲するなどして、先入車との衝突を避けるように安全運転の措置をとるべき義務があることは、交差点における運転者相互の信頼上当然のことと言うべきところ、右の措置をとらなかつた点に原告の過失がある。
5 原告から見て、直線道路の左側部分が、泥、砂利道で凹凸がはげしく、道路交通が車両の運行上著しく困難であるということはない。事実は、多少の不便はあるが、左側部分が運行不可能の程度ではない。直線道路のうち泥、砂利道部分は、直線形でなく、二ないし三米の曲線である。右部分(未舗装部分)は、もと側溝であったのを、同じ幅だけ直線道路左側に移動させたもので、二米位の幅がある。泥が舗装部分に出た箇所もあるため、多いところで幅三米位に過ぎない。またアスフアルト舗装部分に関しても損傷部分が著しく、舗装部分のみが通路であつて、未舗装部分が通路に適しないということはない。いずれも道路状況としては良好ではないのであつて、未舗装部分のみが不良というわけではない。未舗装部分も舗装部分とほぼ同程度に自動車は走行しているのが実情である。駅前通りは、直線道路に比し状況は、はるかに良く、損傷もなく、車両の交通量も多く、派出所が近いことから通行車両の運転態度も順法的である。ともかく原告車が、被告車との衝突を避けるため、直線道路左側へ避譲することは当然可能な道路状況である。
第五、抗弁に対する原告の認否
原告に過失があつたという被告の主張を争う。
第六、証拠〔略〕
理由
一、(事故の発生)
原告が、同四二年一〇月一日午後四時頃、原告車を運転して、市川市鬼高町方面から同市平田町方面に向け、時速約三〇粁の速度で、直線道路上の同市南八幡四丁目一六番一一号国鉄本八幡駅前通り市川警察署八幡南警察官派出所前付近にさしかかつたところで、被告運転の被告車が原告から見て直線道路左側のガソリンスタンドから直線道路に出て来て、原告車の左側面と衝突し、原告が受傷したことは、当事者間に争いがない。
二、(被告の過失)
1 右事故の際、被告が右方の安全確認をやや欠いたこと、従つて本件事故につき被告に過失責任があることは、当事者間に争いがない。
2 〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。
(イ) 本件衝突地点は、幅員約九・四米の直線道路と、国鉄本八幡駅前から直線道路までの有効幅員約八・三米の駅前通りとが、直角に交わる三叉路の交差点である。駅前通りは直線道路で止まつていて、つきあたりに、ガソリンスタンドが存在し、本八幡駅から直線道路に出るところの左側に一時停止の標識が立つている。右交差点は、交通整理が行われていない。直線道路と、駅前通りとは、角に建物があって互に見とおしがきかない。特に原告(進行して来た直線道路の鬼高町方面)から見ると、右側の角に前記派出所の建物があつて駅前通りは、全く見とおしがきかない。
(ロ) 本件事故当時、原告(鬼高町方面)から見て、直線道路左側の同交差点手前二米から約五米の長さで駐車中の乗用車があつて、交差点の左側部分の見とおしを妨げており、これはガソリンスタンド前の被告車の位置から右方の直線道路鬼高町方面の見とおしを妨げていた。
(ハ) 被告は、右駐車車両のため原告の発見がおくれ、実況見分調書添付図面第二(乙一号証の三)記載の<1>の地点にいたとき約一四米はなれたの地点に原告を発見した。
(ニ) 被告は、原告車が止まつてくれるものと考えて、<1>点から本八幡駅方面に向つて進行し、<2>点に達したとき、原告車は<2>点から約六米はなれた点に来ていたが、本八幡駅の方から駅前通りを進行して来た(被告車の)対向車(タクシー)が右折の合図をしながら、直線道路に入る直前で一時停止したのを見て、右タクシーが一時停止している間に直線道路を横断しようと考えて、右方約六米の距離に接近している原告車に注意を払わないで、そのまま時速約一〇ないし一五粁の速度で進行し、<×>点で、被告車右前ライト付近と、原告車のハンドル左側部分とを衝突させ、さらに約一米進んだ地点に停車した。
(ホ) 直線道路の原告から見て左側約三ないし四米は、泥と砂利の道で、その右側約六・五ないし五・五米の幅がアスフアルト舗装されていて、直線道路を走行する自動車は、通常右舗装部分を走行しているが、大きな車がすれちがう時には砂利道の部分も通るという交通の状況であつた。
(ヘ) 駅前通りは幅員八・三米の全部にアスフアルト舗装ができている良好な道路であつた。
(ト) 被告は、オートバイを運転することもあり、もし被告が原告車を運転して直線道路を走行するならば時速約三〇粁かもう少しおそく走ると考えている。
以上の認定を覆えすに足る証拠はない。
3 右認定の事実によると、被告は、<1>の地点での地点の原告車を見た以上、原告車の通過を待って<1>の地点で停止していなければならない業務上の注意義務があつたのに、これを怠つて発進した過失があると言わざるを得ない。
<1>の地点で原告車を発見したとき、すでにわずか約一五米の距離に原告車が時速約三〇粁の速度で走って来るのを見たのであり、原告車が被告車の前を通過するのには二秒かからないのである。時速三〇粁の車は二秒で一六・六六米走るからである。
しかも道路状況のよい駅前通りから直線道路に出るためにすら一時停止しなければならない(直線道路走行車が優先する)のであって、ガソリンスタンドから直線道路に出るためには、当然一時停止しなければならない(原告車優先)。
そして、一時停止しなければならないというのは、ただ一旦停止すれば、発進してよいという意味ではなく、一時停止して安全を確認した上で発進しなければならないという意味なのであつて、約一五米の距離から原告車が進行して来るのを発見した以上、<1>点を速度〇から発進して二秒のうちに幅員約九・四米の直線道路の横断を終えることは至難のことであることは経験則上明らかであるから、原告車通過後に、左右ならびに対向車との安全を確認して発進すべき注意義務があつたといわなければならない。
4 さらに、<2>点において、原告車をB点に見ながら、進行を続けたのは、被告の重大な過失といわなければならない。<2>点は、ほぼ砂利道と舗装部分の境にあたる。前認定の事実から、舗装部分を走行している原告としては、被告車が<2>点まで来て停止し原告車の通過後直ちに横断しようとすることは予想できるが、そのまま停止せずに被告車が前進するということは、殆んど予想できないものといわなければならない。従つて被告車としては、少なくとも<2>点で停止して原告車の通過を待つべき注意義務があつたものであつて、これを怠つた被告の過失は重大である。
三、(過失相殺)
1 原告にも過失があつた。
前認定のとおり、本件衝突地点は、交通整理の行われていない交差点で、見とおしがきかないものであつた。従つて進入の際徐行しなければならない義務がある。しかるに、前掲各証拠によると、原告は、右交差点に進入するに際し、右徐行義務を怠たり、一旦ブレーキを踏んだだけで殆んど減速せず、ほぼ従前と同じ時速約三〇粁の速度で同交差点に進入したことが認められる。
2 被告の先入車優先の主張は、前記二の3のとおり、<1>点で停止したまま原告車の通過を待つべき義務が被告にある以上は、その義務を怠たり先入したからと言つて、優先権を取得するものということはできず、却つて二の4のとおり<2>点で停止して原告車の通過を持つべきであつた(原告車優先)のであるから、右主張は理由がない。
3 道路右側部分を原告車が進行していたことは、前記二の2の(ホ)の道路および交通の状況と、二の2の(ロ)の駐車車両の位置などから、やむを得なかつたと考えられ、また前認定の諸事実からすれば道路右側部分を走行していたことと、本件事故発生とは、因果関係がないものと判断できる。
4 以上諸般の事情を考慮すると、原告の過失と、被告の過失が本件事故発生に寄与した割合は、前者が二、後者が八とみるのが相当である。
四、(損害)
1 治療関係費
(イ) 日下部医院入院中の付添看護費
付添看護費用が一日当り一、〇〇〇円を相当とすることについては、当事者間に争いがない。
証人松山キエの証言および原告本人尋問の結果によると、入院当日から七日間は原告が歩行できず、その間付添看護を必要とし、原告の母キエが付添看護したことが認められる。
そうすると、右七日間計七、〇〇〇円の付添看護料は、本件事故によつて原告の蒙つた損害であつて、被告の賠償すべきものとみるのが相当である。
(ロ) 千葉大学医学部付属病院における治療費については、これを認めるに足る証拠がない。
2 得べかりし利益
(イ) 〔証拠略〕によると、原告は、原告の母キエ名義で営んでいる牛乳販売店の実質的な経営者であつて、牛乳の各家庭への配達、仕入れ、外交(販売先拡張)、記帳、集金の業務に従事しており、右販売店の営業は各家庭への配達による牛乳販売が主であり、一箇月の収益約二五〇、〇〇〇円を挙げていたこと、および原告は、本件事故による受傷のため、事故発生の日の同四二年一〇月一日から同四三年二月末日までの間右牛乳配達等の労働ができなかつたこと、以上の事実が認められる。
(ロ) 企業主が身体を侵害されたため、その企業に従事することができなくなつたことによつて生ずる財産上の損害額は、原則として、企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべき(最高裁昭和四三年八月二日判決参照)ところ、発生した損害が企業補助者を雇い入れることによつて解消されるならば、営業能力の減少の故に給付されるべき損害賠償としては、この企業補助者を雇い入れるための費用を支払うことで十分と解することができる。
(ハ) 〔証拠略〕を総合すると、原告は、前記労務に従事できなかつた期間(五箇月)臨時に訴外菊地一夫および宮田政雄を雇い入れ、その間の給料として合計二八〇、〇〇〇円を支払つたこと、しかし右両名の雇い入れによつても、なお前記牛乳販売店の収益は約一〇〇、〇〇〇円減少し、得意先は右期間中に減少し、発生した損害は解消されなかつたこと、牛乳配達経験者である右菊地一夫に対する給料月額五〇、〇〇〇円、学生アルバイトである宮田政雄に対する同六、〇〇〇円は社会通念上相当なものであること。以上の事実が認められる。
(ニ) そうだとすると、右両名の雇入費用は、少くとも本件事故によつて原告の蒙つた損害と認めるのが相当である。
3 以上の損害の合計は二八七、〇〇〇円であるところ、前記三のとおり原告の過失割合は一〇分の二であるから、これ(五七、四〇〇円)を控除した二二九、六〇〇円が、被告の賠償すべき財産上の損害となる。
4 慰藉料
(イ) 〔証拠略〕によると、原告は、本件事故により左足関節脱臼骨折の傷害を負い、同四三年七月一八日当時右の傷害すなわち左足関節捻挫脛骨下端骨折に基づく外傷後遺症により千葉大学医学部付属病院でなお加療中(徐々に軽快中)であつたことが認められる。
(ロ) 〔証拠略〕によると、原告は、現在でも靴をはくのが困難であり、正座ができず、冬期には患部が痛むこと、右症状がいつ全快するかわからないこと、以上の事実が認められる。
(ハ) 右事実の他、前認定の諸事情および原告の前記三の過失を斟酌し、原告の本件事故により受けた精神的苦痛を慰藉するには三〇〇、〇〇〇円を相当と認める。
5 弁護士費用
(イ) 原告は、被告に対し右3と4の合計五二九、六〇〇円の損害賠償請求権を有するところ、被告が任意にこれを弁済しないことは弁論の全趣旨から明らかであり、原告本人尋問の結果によると、請求原因三の4の(ロ)の事実を認めることができる。
(ロ) 本件事案の難易、前記請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、原告請求のうち五三、〇〇〇円は被告に賠償させるべきものと認められる。
五、(結論)
以上の理由により、本訴請求は、そのうち以上の損害金合計五八二、六〇〇円および右金員のうち弁護士費用を除く五二九、六〇〇円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年九月五日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当と認められるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 木村輝武)